スペイン沖で発見!絶滅したはずのクジラとは!?

2019年12月16日
カディス大学の科学者たちは、タリファ近くのローマ遺跡であるバエロクラウディアの近くで絶滅したはずのクジラの存在を確認しました。

過去に絶滅したと考えられているクジラは、考古学により現在世界中で発見されています。ヨーロッパオオヤマネコがイベリア半島に生息していたのと同じように、数百年前にスペインの海にはクジラが生息していました。

スペイン沿岸沖の絶滅したクジラ

ローマ帝国の初期であった2000年以上前、地中海には2種類のクジラが生息していました。

スペインのタリファ近くに位置する古代ローマ都市バエロクラウディアの地中海沿岸では、ミナミセミクジラとコククジラの化石が発見されたとカディス大学の科学者たちは報告しました。

彼らはローマの地中海貿易センターの一つでもあったバエロクラウディアで発見した骨を分析しました。バエロクラウディアは、魚を塩漬けにして油を抽出することで有名な場所でした。

そして、ここで発見されたのがミナミセミクジラとコククジラだったのでした。

ミナミセミクジラは南半球全域に生息するのに対し、コククジラは太平洋の北に生息するため、この2種はヨーロッパの海岸線からは離れた場所で何世紀も過ごしてきたことになります。

ローマ人と絶滅したクジラ

ミナミセミクジラとコククジラの両種は、地中海に繁殖目的でやって来たと考えられます。その結果、この緯度周辺にクジラが集まってきたのです。

そのためには、クジラはバエロクラウディアのあるジブラルタル海峡を通過してくる必要があります。

古代ローマ人は深海を巧みに利用し、マグロなどの資源で商売をしていました。そのため、ローマ人が捕鯨をしていたと考えるのも理にかなっています。

ローマ遺跡 絶滅 クジラ 

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考古学者は新しい技術により、ローマ侵略前の時代のアストゥリアス地方でコククジラの肩甲骨を発見しました。中世でもあったこの頃、カンタブリア沿岸で捕鯨産業は好調でした。

興味深いことに、これらの発見が本当にローマ人の捕鯨を意味するのか科学者たちは現在も確信を持てていません。

実際、多くの絶滅したクジラはいくつかの海岸線で発見されています。このことからも、クジラを保護する重要性が読み取れるのではないでしょうか。

バスク人による捕鯨と絶滅したクジラ

スペインでは絶滅したクジラの化石はバスク地方で捕鯨が盛んであった時代までさかのぼります。バスク人はヨーロッパで初めて捕鯨を産業に変えた民族の一つでした。バスク人はクジラから鯨油だけでなく、肉や骨も採取しました。

実際、バスク人は中世に捕鯨目的にアイスランドまで行っていたと言われています。その結果、バスク・アイスランドのピジン言語(異言語間の意思疎通のために自然に作られた接触言語)も生まれました。

それにもかかわらず、バスク人とアイスランド人の関係は酷い結末を迎えるのです。なんと、アイスランドの国内であればバスク人の殺害を認める法律が2015年まで存在していたほどです。しかし、これは中世の法律であったため、もちろん実際に順守されていたわけではありません。

バスク人の捕鯨者は、コロンブスより前にアメリカまで到達していたとさえ考える人もいます。この証拠はありませんが、16世紀の初めにカナダのテラノバに行っていたのは事実のようです。

バスク人の船団は毎年400頭のクジラを捕まえる2000人の捕鯨者と30隻の船で構成されていました。

絶滅したクジラ2頭 絶滅 クジラ 

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ローマ人:捕鯨者?それとも日和見主義者?

しかし、ローマの海岸線で絶滅したクジラが発見されたという事実は、バスク地方の伝説に黒い影を投げ掛けることになるかもしれません。

それは、捕鯨産業はバスク地方で生まれたものではなく、何世紀も前にローマ人により作られたと主張する人がいるからです。

実際には、これを裏付ける証拠はほとんど存在しません。ローマ人は小さなボートや銛を使い、クジラや他の魚を捕ることができましたが、恐らく捕鯨は稀にしか行われず、それも沖合ではなく、クジラが浜に打ち上げられた時のみだと考えられています。

ミナミセミクジラとコククジラは他の大きなクジラよりも捕まえやすかったと言われています。実際、古代ローマの歴史家で自然主義者であるガイウス・プリニウス・セクンドゥスは、カディスでシャチを捕まえるところを目撃したと述べました。これは、今日では到底不可能なことです。