チョリートの死とソーシャルメディアの悲痛な叫び

· 2018年7月20日
瞬く間にネットに広まった動物虐待の動画はある運動を巻き起こしました。

その女性は、男性二人から手助けされながら無防備な犬を激しく殴るのです。その光景は携帯電話のカメラで撮影され、インターネットにアップロードされました。その動画はたちまちネットで炎上し、何千人もの人々の怒りを引き起こします。そして、この人々はチョリートへの残酷な暴力に対して抗議のデモを始めるのです。

子犬チョリートに降りかかった恐ろしい暴力

問題の事件はパトロナート地区のショッピング街で起きました。これはチリの首都サンティアゴです。

チョリートという名前のその犬は、前年のクリスマスに飼い主にそこに捨てられました。

店のオーナーは犬が店の近くにいるため苛立ちを感じていました。そこで、彼はどうにかして犬を追い払うよう従業員に頼みました。

子犬を殴った女は、その後起こったことに対して後悔を表しました。しかし、確かに子犬が意識を失うまで殴り続けたが殺しはしなかったと主張したのでした。

捨てられた犬に対してのこの残酷な行為は、最終的には死をもたらしたと考えられています。通りすがりの人はこの一部始終を録画し、インターネットにアップロードしました。このことがきっかけでこの話は有名になりました。そして、何千人もの人々を怒らせ、行動を起こさせたのです。

チョリートへの虐待の司法調査は進行中

この記事が執筆された時点では、この事件の調査は進行中でチョリートが生きているのか死んでしまったのかは不明です。

チョリートに暴力を振るった人物たちは、犬を殴った後に犬を毛布に包み、街の広場へと連れて行ったと捜査官に語っています。警察は後にその毛布を見つけることはできましたが、そこにチョリートの姿はありませんでした。

しかし、捜査官と司法府のメンバーは、記録された画像と証言を組み合わせることによって、チョリートが被った残酷な虐待行為が死をもたらしたと確認できると指摘しています。

検査官マルセロ・カブレラは次のように語りました。「虐待という犯罪は、動物が死亡したり重傷を負った時だけに起こるものではありません。むしろ、『虐待』は動物に対する一般的な残虐行為なのです。」

捨てられた犬への悪質な暴力は大勢の人々を動かした

レコレータ市のダニエル・ハデゥエ市長はチョリートの暴力を振るった人物たちに対して動物愛護団体であるObservatorio Animal, Animal Libre, Ecopolys,そしてCallejeritos de la Vegaと共に訴状を提出しました。

訴状は、「動物虐待」の犯罪について、責任を負う者(張本人、共犯者または従犯者)に対して刑事告訴を提起することを可能にする刑事訴訟法典の規定に基づいて提出されました。

また、ハデゥエ市長はこのスキャンダルをきっかけに、公共の場でもプライベートの空間でも、動物虐待はいかなる理由であっても許されないようにするために、多大な努力を払うと公的に述べました。このような行為は「いかなる次元でも」禁止されていると言ったのでした。

「ソーシャルメディア」チョリートのために動いた人々の原動力

公的人物によるこのような発表はありましたが、それでも一般市民の怒りは収まりませんでした。ハッシュタグ #JusticeForCholito (スペイン語では#JusticiaParaCholito 意味:チョリートに正義を)を使い、人々はこの子犬が受けた残酷な行為に対しての怒りを表現したのです。これは瞬く間に広がり、この犯罪が法の裁きを受けるようにという願いと共にペットの写真がソーシャルメディアに溢れかえったのです。

最近では世界中で広まっているジェンダーバイオレンスや性的暴行に対抗するキャンペーンのスローガン「Not One Less」が使用されています。

動物虐待反対運動はインターネットから街へ

チョリートの行進

この運動はここで終わりませんでした。しばしば起こるように、チリ人はソーシャルメディアでの呼びかけで動物権利についての意識を高めることを目的としたデモを企画したのでした。

チリの首都、そして国内の様々な都市で、約1万人の人々が集まり、残念ながら死んでしまったと思われるチョリートに対しての暴力行為に対する反対を表明しました。

動物愛護団体のメンバーはペットと一緒に行進し、チョリートを苦しめた人の実刑判決を訴えました。また、動物虐待ではより長い実刑判決を求めたのでした。

チョリートの事件はおぞましいものでした。しかし、得られたこともあります。それは多くの人々が動物虐待に対して無関心ではなく、それを越えた何かをしようとしていることが明るみに出たことです。それがオンラインでも、街中でも、大勢の人々が集まり世界中のチョリートを守るために声を大にして訴えているのです。