私の親友はワンちゃんです

· 2018年8月26日

「犬は人類の親友だ」というフレーズを、今まで何回ぐらい耳にしたことがありますか?こういったフレーズは何度も何度も繰り返し使われてきた為、今や本来の意味を失った口癖のようになってしまっています。だからこそ、この言葉は一体どこまでが真実なのでしょうか?動物王国では、この質問に応える為、少し振り返ってみました。

「犬は人類の親友だ」という言葉はどこで生まれたのか?

犬を抱く女性

「犬は人類の親友」という言葉の起源を探すと、アメリカのミゾーリ州にたどり着きます。時を遡ること19世紀末、ジョージ・グラハム・ヴェスト(George Graham Vest)という法律家が裁判の最中に放った言葉が元になっていたのです。

彼は愛犬を殺された近所の農家の弁護人として雇われていました。ちなみにその殺されたワンちゃんの名前は、オールド・ドラムという名前です。

そして彼は最終審議の時間に「犬は人類の親友だ」という事を今でも通用する論理を用いて正当化したのです。そんな彼の発言は、「亡き犬に捧げる」というタイトルで今も記録に残っています。

今日は「犬は人類の親類である」というフレーズと、そのフレーズに隠された想いを皆さんにご紹介します。

なぜ「犬は人類の親友」と言えるのか?

誰にでも、自分の友達は自分で選ぶ権利があります。こればっかりは間違いありません。それを踏まえた上でも、ワンちゃんを「良き友達」と呼ぶにふさわしい理由はたくさんあります。例えば、

  • 忠誠心が強い
  • 見た目や年齢、社会的地位などで私たちを差別しない
  • 何が嫌なことがあると慰めようとしてくれる
  • 誰かが攻撃しようとしてきたら守ってくれる
  • 良き仲間になってくれて、しかも人を集める力も持っているので孤独や憂鬱から解放される。
  • 病気などになったら、それを真っ先に教えてくれる

犬があなたを疑わないのは、友情の証と言えるのか?

でも「犬は人類の親友なのか」という議論においても、中にはあまり論理的とは言えない主張もあります。むしろよく考えてみると議論の余地がたくさんあったりするのです。

例えば、犬は私たちを疑わないから「犬は人類の親友だ」と考える人もいます。つまり、あなたが何をしていても、無条件で愛してくれる、と。

これは、人間レベルではまず有り得ないことです。例えば極論を言うと、この世には殺し屋や強姦魔、お年寄りを狙った詐欺師などもいるのです。そういう人であっても疑ってはいけないのでしょうか?

しかしこの件に関して、ワンちゃんは何も責められるようなことはしていません。ほとんどの場合、彼らは人間がどんな理由で何をしているかなんて分かりませんから。ただ私たちは「やってはいけない行動」をも疑わないという事が人類の親友に足る善行だ、という考えに異議を唱えているだけです。

他にもある、犬と人類の友情に関連する疑わしい主張

「犬は人類の親類である」理由として、他によく言われているのが「彼らは私たちにどこまでも付いて来てくれる」というものです。つまり彼らは、不平を言ったり意地悪な事をしたりしないから、というワケです。

この場合、疑問なのは「そもそもなぜ動物が飼い主に対して恨みを持つと思うのか」という点です。これは飼い主がその子に対して身体的、もしくは精神的なダメージを与えたとか、何か後ろめたい事があるようにしか思えません。

もしそれが本当だった場合は、もはや「健全な関係」でさえありません。相手を傷つける事を良しとしたり、友情という名の下に傷つけられても耐えなければならない、そんな関係が「良き友情」とはとても思えません

このような点を踏まえてみると、「犬は人類の親友」とは言えるかもしれませんが、人間は必ずしもワンちゃんにとっての親友というワケでは無いのかもしれません。

どうやったら人間はワンちゃんにとっての親友になれるのか

犬の背中をさする女性

例えば愛するペットが病気になってしまった時などには少々ややこしくなります。というのも、仮にそれでその子の為に全ての時間を捧げたとなると、他の人間関係が希薄になっていってしまうからです。

愛犬を「良い友達」と思えるのはとても良い事だと思いますが、それでも他の人たちとの関係を深めるのも同じように大切です。

「犬は人間の親友」というフレーズを大切にして、あなたが実際に愛犬にとっての親友になる事で、そのフレーズの信ぴょう性も増していくというものです。そうする為には、犬の習性に敬意を払い、ダメなことにはダメと言って、適切なケアを行う責任感が必要となるでしょう。